名古屋高等裁判所 昭和25年(う)281号 判決 1950年9月05日
被告人
伊藤誠
主文
本件控訴を棄却する。
当審における未決勾留日数中六十日を原判決の刑に算入する。
当審における訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
弁護人近藤亮太の控訴趣意第一点(イ)について。
(前略)所論は右長坂忠直の盜難被害届謄本は被害者の捺印を欠除しているものであるから証拠能力のない書面であると論述するけれども、かような書面もまた刑事訴訟法第三百二十六條に定める條件を具備する限り証拠能力を有するものと解すべきである。よつて論旨は理由がない。
(弁護人近藤亮太の控訴趣意)
第一点 原判決は判決に重大なる影響を及すべき法令違反を侵し破棄を免れないと思料する。
(イ) 原判決は判示第七の被告人の賍物牙保の事実を認定するに当り、その証拠として右賍物の被害者たる長坂忠直の盜難被害届謄本を採用しているのであるが、原審公判調書によれば検察官は右長坂忠直の被害上申書写を証拠として提出し(記録二百丁御参照)被告人等の同意を得て裁判官は之が取調を了したことを認め得るところ右被害上申書写は単なる写であつてそれによるも被害者長坂忠直の捺印は之を欠除しているものであり、而も前記証拠として採用したる盜難被害届謄本は右上申書写が証拠として原審法廷に提出されたる昭和二十五年四月二十六日の公判期日より後である同年四月二十八日に於て名古屋地方検察庁岡崎支部検察事務官鈴木忠雄の証明作成に係るものである。果して然らば原判決に於て適法の証拠調を経ない前記盜難被害届謄本を証拠の一として判示第七の犯罪事実を認定したる違法あり、而も右盜難届は右賍物牙保の犯罪事実につきその賍物たることを認定する補強証拠として重要なるものであるから右判決に対し重大なる影響を及すことは明であるから原判決はこの点に於て破棄せらるべきものと思う。尚附言するに右被害上申書写の捺印をも欠除しているものであるから、仮りに裁判官並に訴訟関係人の許可を得て原審法廷に於て提出せられるものとしても被告人以外の者の供述書等の証拠書類が証拠能力を認められる最少限度に要求されている供述者の署名捺印の点に関する規定に違反し(刑事訴訟法第三二一條御参照)右の如く被害者の捺印を欠く被害上申書写は元来証拠能力のない書面である。